韓神(からかみ)

五十猛神(いそたけるのかみ)の真相に迫る 16

 韓神(からかみ)

              三井淳

 ほぼ同様の始祖神話を有し、経済的にも鉄という太い紐帯(ちゅうたい)で結ばれていた加羅からは、様々な文化が伝わっている。その一つに「韓神(からかみ)」がある。
 上田正昭博士の研究によると、韓神はかつて平安京宮内省の重要な祭祀であり、現在でも「三島木綿(ゆふ)肩にとりかけ われ韓神の韓をぎせむや・・・・・・」という神楽歌が残っている(三一書房「日本庶民文化史料集成1」上田正昭著)。上田博士によると、「韓(から)をぎ」とは「韓風の神おろし」を意味するといい、海上から韓神を招来することにほかならない。
 韓神とは古事記に出てくるスサノオの孫のひとりで、兄弟神に曽富理神(ソホリノカミ)がある。この韓神、曽富理神につき、平田篤胤は、

   平田大人ハ、内侍所御神楽式(ないしどころみかぐらしき)ト、大宗秘府略記トニ依リテ、此ノ二ツノ名ヲ五十猛神ノ亦ノ名ト決メテ、サテ古史伝(平田篤胤の著書)ニ「五十猛神と申す義は、韓國伊太氏神とも申す如く、蕃國々(からくにぐに)に渡りて還り給へれば、称(い)ヘリ・・・・・・」(岩波書店、那珂通世「外交繹史」219~220頁より引用)

として、日本書紀のイソタケルノカミに相当すると言っている。
 大田市五十猛町大浦地区の氏神を「韓神新羅神社(からかみしらぎじんじゃ)」というが、
現在は大浦港西奥の泊山(とまりやま)のふもとに鎮座する。ここは比較的風波の穏やか
な一角である。大浦の外海へ突き出す小岬を「茂梨(もり)」というが、これはスサノオ・
イソタケルの新羅での根拠地「曽尸茂梨(ソシモリ)」のことだといわれている。ソシモリ
とは韓国語で「みやこ」のことを言う「ソウル」に相当する。新羅は最初の国号を「徐那
伐」とするが(三国史記新羅本紀始祖赫居世居西干条)、これは「セパル」と訓んで「ソウ
ル」のことを言う(前同六興出版完訳本より)。新羅は本来「シンラ、サラ」と訓むべきで、
これも原義「ソウル」のことなのである。してみると、韓神新羅神社の祭祀はソウルの地、
シンラの地、ソシモリの地、乃ち「茂梨」にこそ原点があったのではないか。

(五十猛歴史研究会会員 みつい あつし)

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