スクナビコナのこと

五十猛神(いそたけるのかみ)の真相に迫る

20 スクナビコナのこと

三井淳

 

オオクニヌシの神話に不可欠な存在はスクナビコナであり、日本書紀神代上八段一書(あるふみ)第六に、その登場の様子が描かれている。

オオクニヌシが出雲の稲作浜(いなさのはま)で食事をしている時、海上から人の声がした。その声の主(ぬし)は一人の小男(おぐな)であり、白蘞(かがみ)の皮で作った舟に乗り、鷦鷯(さざき)の羽を衣としていた。この「鷦鷯(さざき)」に注目したのが、前述の如く水野祐博士である(⑬参)。

 

同郡(隠岐の周吉郡)に、「従四位雀雄明神」というのがある。この「雀」はかの仁徳

天皇の諱、「大雀命(おおささきのみこと。日本書紀では大鷦鷯尊)」の「ササキ」、ま

た若雀命(武烈天皇)の「ササキ」であって、雀を「ススメ」というのも通音である。

それを参照にすれば、「雀雄明神」も「スサヲ」の音を写したものであると思われるの

である。

水野祐著 八雲書房「出雲神話」二四九頁

 

この「スサヲ」とは、⑥「スサノオの意味するもの」でも述べたように、水野論で言えば「素戔嗚」本来の訓み方であり7、新羅の伝説的王号「次次雄」を言うものとなる。⑫「再びスサノオとイソタケル」では、「スサノオ」「イソタケル」は一体のものであって、本体は「イソタケル」の方にあるというその所以(ゆえん)を説明した。ならば、「サザキ(ササキ)」を身にまとう「スクナビコナ」なるは「スサヲ」つまり「スサノオ」を意味し、「スサノオ」はすなわち「イソタケル」なのである。

日本書紀の「父スサノオ、子イソタケル」の関係は、「父」とオオクニヌシの「大」、「子」とスクナビコナの「少」に当てはめることが出来る。スクナビコナはオオクニヌシ国作りの重要なパートナーとして描かれる。イソタケルは植林の神であるが、同時に船の神、航海の神でもある。五十猛歴史研究会の調べでは、イソタケル祭祀は北は秋田宮城に及び、全国では三百を数える。

加羅より駆逐された人々が、海から列島各地の川をさかのぼり、不毛の山野を切り開いて行った、さような埋もれたる秘史が、イソタケル説話の背後にあったのではないか。

 

(五十猛歴史研究会 会員 みついあつし)

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