八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治のこと

五十猛神(いそたけるのかみ)の真相に迫る

21 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治のこと 〈完〉

三井淳

 出雲神話の白眉は、鳥上山中でのスサノオのヤマタノオロチ退治である。
 石見や出雲の浦々には竜蛇(りゅうじゃ)信仰というものがあり、上田常一(かみたつねいち)博士の「竜蛇さんのすべて」(昭和54年園山書店)によれば、大陸の季節風が吹きすさぶ旧暦の十月、いわゆる神在月の「お忌み荒れ」の頃になると、決まって南海産のセグロウミヘビが海岸に打ち上げられるという。浦々ではこれを竜神(りゅうじん)の示現と崇め、トグロ巻きの剥製(はくせい)にして神社に奉納し豊漁を祈願した。神在月の「神迎(かんむか)え」神事では、神籬(ひもろぎ)の先頭が竜蛇(竜神)である。
この竜蛇が、斐伊川をさかのぼって鳥上に達する過程で、ヤマタノオロチに化けたという言い伝えが、美保関町の笠浦(かさうら)にある(「竜蛇さんのすべて」一五三~一五四頁)。五十猛町大浦では、竜神は新羅からの使者とも伝えられている。してみれば、ヤマタノオロチなるは、新羅より海を渡り、そのまま斐伊川をさかのぼって行った、ということになる。
古事記では、ヤマタノオロチを「高志(こし)の八俣遠呂知」と表記している。高志は「越」で、北陸由来の種族をいい、鳥上に先住していちはやく製鉄業を起こし、その環境破壊のすさまじさが、ヤマタノオロチ説話に反映されたのだという専(もっぱ)らの説がある。学研漢字源には、「越」に「ぐっとはみ出て際立つ」の意味があり、、岩波古語辞典では、「ヲ(オ)ロチ」につき「激しい勢いのあるもの」とある。「ヤマタ」は「多い」の形容と考えると、「ヤマタノオロチ」の素直な解釈とは、「際立って勢いのある集団」となるのではないか。
新羅原流のウミヘビがヤマタノオロチの正体とあらば、それは、加羅にてヤマトを悉(ことごと)く打ち破った新羅の投影ということになるのではないか。
ヤマタノオロチ退治とは現実のはなしではなく、せめて新羅に一矢報いるべき創作された絵空事に過ぎなかったのかもしれない。「記・紀」の編纂者の立場としては、大敗北を素直に認める訳にはいかなかったか。

〈五十猛歴史研究会会員 みついあつし〉

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治のこと」への1件のフィードバック

  1. 立石 敏郎

    あっちゃん、元気ですか?ポネだよ。
    日本海側の海岸地方は、古来より朝鮮半島の影響を強く受けていると考えています。朝鮮半島での勢力の盛衰。衰退した一族の脱出先としての和の国。それは時代時代で繰り返されているのではないか?であればヤマタノオロチはスサノオの以前に渡来した一族で一帯を支配した一族。青銅器を伝えた一族。スサノオは半島では敗れたものの、当時の最新技術の鉄器でこれを滅ぼし、統治した。オロチの腹から剣を得たというのは鉄の産地を得たということではないだろうか?などと考えていますが、さして勉強もしていない者の想像です。ちなみに、各地に残る浦島太郎伝説も半島との交流の一遍だと考えています。

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