立虫神社

御祭神 五十猛命 大屋津姫命 抓津姫命
延喜式 出雲風土記等所載の最も古い御社であります。
 三柱の御祭神は、父神の須佐之男命と共に、仁多郡馬上の峯に天降られ、木種を四方に捲き殖えられた後、当地に下り来りて鎮座なさり、植林、耕地の開発、建築等諸産業の発展に努力されたという農村には誠に由緒の深い神々であります。
 もともと当社は現在地より未申方七町余り隔てた所(今の斐伊川中で神立橋のほぼ大津寄り)にご鎮座なさっていましたが、寛文年中、斐伊川の川床の変遷により、万九千神社の境内に転社されたものであります。
 さらに大正十五年、千家に鎮座の客神社を合祀。客神社の創立年代不詳なるも、旧鎮座地の村名を千家村(出雲大社領)といい、この社は千家国造崇敬の社であり、毎年十一月大庭の神魂神社において、火継儀祭執行の際、千家の里に宿泊所を設け、その折、この社に供物を奉げて祭事を執行されたと伝えられています。




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