柿本人麻呂の謎 ~五十猛の御神像を巡って~

2014年12月14日 五十猛歴史研究会「大浦座」で、川島芙美子先生の講演会を開催しました。


川島芙美子先生講演会
柿本人麻呂の謎 ~五十猛の御神像を巡って~

お配りいたしました「Vivid万葉」という資料は、「山陰万葉を歩く会」で作成した地図です。
「山陰」というくくりで「万葉」という視点で、観光地、遺跡を歩くことができる観光を目指したものです。
古事記1300年、出雲大社の遷宮で、島根県の知名度が上がりました。古事記は、日本の神様の物語。
その古事記と同じ時代に「万葉集」という歌集ができました。
奈良時代に日本で初めて日本語で書かれた日本の歌集で、日本人の心を歌ったものです。
山陰というと「出雲大社」で、神話だけかというとそうでもなく「万葉集」は、全国で中学校、高校の教科書に必ず載っているわけで、知名度は、高いと思います。
石見の柿本人麻呂、伯耆の山上憶良、因幡の大友家持は必ず教科書に載っています。
その有名な役人が奈良から山陰へ来ているということは、山陰にが朝廷にとって重要地だったのではないか。4人の役人が国の隅々を歩いてその土地の歌を作っている。
そういう視点で山陰を歩いてみてはいかがですかという提案をしている地図です。

もう一つは、「山陰万葉を歩く会」の会報(第3号)です。
今、お話ししたようなことを踏まえて、地元での人麻呂さんを巡る活動をネットワークでつなげようという会です。地域のお宝で、みんなが元気になって、子どもたちが誇りをもてればいいなと思ってやってます。

五十猛の御神像を巡って
年表を見ていただくと人麻呂さんがいつ頃の人かお分かりいただけるかと思います。
日本ができたのが710年です。人麻呂さんが生きた時代のちょっと後になります。
これから、日本を一生懸命作りますかという時代、日本の基礎を作った時代に生きた方です。

恋というのは相手の心を聞くものだというのが万葉集の時代。相手を聞くと書いて相聞歌「恋」の歌です。
石見相聞歌:人麻呂さんの中でいちばんの歌
「石見の海 ~ 玉藻なす 寄り寝し妹を~」
石見の特徴は海 船に乗って石見の海を船に乗って近づくとそこで目につくのが海藻(海藻は豊かさの象徴) 揺れてるというのは、髪の長い女 海藻は女 この女が妻  風・波が男
その妻と別れた時に 「なびけこの山」

御神像:大浦(資料No2)、明石(資料No2)、安来(資料No8)、川越(資料No3)、、天理(No8)
室町時代に御神像がたくさんつくられて全国に散らばった。
益田 高津人麻呂神社:全国400社の総本山 天皇陛下直筆の歌あり

大浦
五十猛に人麻呂神社があり、御神像が五十猛(土肥屋:林家)にあった。
人麻呂神社 独立したものなのか 海蔵寺との併設の可能性は?

明石 柿本神社 冷泉家から御神像

安来(佛島)に人麻呂溺没伝承 乗相院に御神像あり→現在は別の寺へ
後醍醐天皇 隠岐へ流されるときに乗相院に宿泊

川越人丸神社:頓阿法師作人麻呂御神像(資料No3)

まとめ
文化・経済の豊かなところには、人麻呂神社・御神像があった。