五十猛命

島根県大田市には、「スサノオノミコト・五十猛命(イソタケルノミコト)」にまつわる伝説があり、五十猛町を中心に伝承されてきたが、ご多分にもれずこの地域も過疎による人口減少、高齢化が進み神話を語ることができる古老も数が少なくなっています。
このため、次の世代への伝承が途絶える事態になりかねないので、このたび五十猛命にかかわる伝説をとりまとめ、地域の人々や子どもたちに語り継ぎ郷土の町に対する誇りを醸造したいと考えています。


島根県大田市五十猛町には、新羅の国から帰られたスサノオノミコトが、息子のイソタケルノミコト、娘のツマツヒメノミコト、オオヤツヒメノミコトとともに、木の種を携えて大浦海岸に上陸された伝説がある。
日本書紀では、神々の上陸地点については何も触れていないが、この地に上陸したという神話伝承は、現在に至るまで五十猛町の住民のアイデンティティの中に強固に刷り込まれており、また神話の由縁を伝える地名も少なくない。
それも、スサノオ一行が船を繋ぎ止めて海岸の様子を窺ったという「神島」、上陸したとされる「神上島(しんじょうじま)」スサノオと、三柱の兄弟神が別れたという「神別れ坂」、薬草を植え育てた「薬師山(くすしやま)」また、兄弟神が和歌山の地にそろって旅立つ時に逢ったといわれる「逢浜(おうはま)」など神話を彷彿させる地名が海岸線に沿って点在している。
また、スサノオノミコトを主祭神とする「韓神新羅神社(からかみしらぎじんじゃ)」、イソタケルノミコトを祀る「五十猛神社(いそたけじんじゃ)」オオヤツヒメノミコトを祀る「大屋姫命神社」が隣の大屋町にあり、ツマヅヒメノミコトを祀る「漢女神社(からめじんじゃ)」が、川合町の物部神社(境外摂社)にある。(また、西隣の宅野町にもスサノオ一行が韓島に立ち寄られ衣服を改められたあと、五十猛海岸へ上陸されたという伝説があり、スサノオを祀る「韓島神社」がある。)
五十猛町に上陸後、スサノオは、皇子たちと別れ、出雲の簸の川をのぼり、八岐大蛇退治に話が展開していくが、イソタケルノミコトは、五十猛にとどまって、造林に励まれ、ツマヅヒメノミコトは、川合町を中心に漢女神社に鎮って伐採や製材にあたられ、オオヤツヒメノミコトは、大屋にて、建築に努められたという。また、二人の姫神は、宅野で、「たく」の木から繊維を採取し、馬路の神畑で、機織物の道を開かれたとも伝えられている。


私たちは、五十猛命にまつわる神話を語り継ぐことで、地域活性化を目指しています。

2011年9月20日


五十猛町に眠るお宝をWEB化する過程で、「五十猛命」以外にも「柿本人麻呂」「石見銀山」など、新たなテーマを設けたほうがわかりやすいものが出てきました。
このページは、「五十猛命(いそたけるのみこと)」をはじめとする「神話」をテーマとするページとして独立することといたしました。

2014年12月15日